心に残る1冊『かたあしだちょうのエルフ』 ~管理人~

350_Ehon_825読み聞かせ絵本

 

「ある人」の心に残った本の紹介です。

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今回は管理人です。

※「新刊案内『かたあしの母すずめ』」と「平成29年度ー2018年3月の読み聞かせ」で書いた内容に加筆修正して改めてまとめました。

 

昔小学校の国語の授業で読んですごく印象に残って今でも記憶の片隅にある。調べてみたら自分の生まれた年に出版された作品だったようだ。

そうそう、こんな絵だった。 当時の自分はこの手の絵は好きではなかった。どちらかと言うと嫌いな方。話の内容も足をなくしてしまうというもので、子ども心に「(異質なものに対する)こわさ、気持ち悪さ」を感じていた。それでも、それなのに、心に突き刺さる何かがあったので覚えているのだろう。

「生き方」というものを教えてもらったのかもしれない。まだ自分はその域には全然達していないんだけどね…。

 

昨年(2018年)の3月に読み聞かせに行ってきた。2回休んでの3ヶ月ぶりなので久々だった。もしかしたら自身の最後の読み聞かせになるかもしれないので参加を決めた。でも卒業する自分の息子のクラスじゃ無いんだよね。(笑) 担当は3年生。1、2年生ほど子ども子どもしてなくて、そろそろ大人への変化が出始める頃(と思ってる)。

選んだ本は『かたあしだちょうのエルフ』。そう、先日(↑)ちょっと触れたあの本だ。あれ以来ちょっと気になって、本屋で見掛けたので(古いのにちゃんと置いてある!)手にして読み直してみた。あ~、たしかにこれだ、この内容だ。 大人になったので、あの時ほどこわくない。(笑)

読み聞かせ用に図書館から5冊ほど借りてきたけれど、結局選んだのは『かたあしだちょうのエルフ』だった。他にも読んでみたい本はあったのだが、やはり最後になる可能性を考えると自分が一番影響を受けた本にしようと思った。

前日6年生の息子に、借りてきた本を並べて「知ってるのある?」と訊いたら、「これ知ってる!」と指差したのが『かたあしだちょうのエルフ』だった。「教科書に載ってた?」「ううん」と首を横に振る。習ってないのに知ってる!? 何だかわからないけど、今でも有名らしい。

当日、読み始める前に子どもたちに訊いてみたら、クラスの半分くらいの子が手を挙げた。スゴイぞ、エルフ!(笑) でも教科書では無いんだよね!?

読み聞かせの時間は10分。前日、事前に読んで測ったタイムは8分くらい。でもちょっと速読みになってた感じなので普通に読むと時間がオーバーしてしまう可能性がある。なのでその日は早めにクラス入りした。

当時あまり大きな声を出していないこともあり、声がちゃんと出るか心配だったが、なんとか大丈夫だったようだ。ライオンの吠え声が小さかったら臨場感が無いもんね。

読むのに必死で、読んでる最中は全然子どもたちの顔を見ることはできなかったけれど、なんとなく気配から真剣に聞いてくれていたように思う(たぶん)。時間がちょっと余ったので、著者のおのきがくさんのあとがきも読むことにした。

おのきさんは、1枚の写真「アフリカの草原 中央に屹立したバオバブの大樹と雲だけの単調な風景」を見て、「頭の中で小型映写機がチカチカまわりはじめ」、一瞬で『かたあしだちょうのエルフ』の話ができあがったそうです。ただそれを実際の本の形にするまでは8ヶ月も掛かったとのこと。

『かたあしだちょうのエルフ』は文字通り「かたあし」になってしまう「だちょう」のお話で、自分は「かたあし」というのが子供心に「こわい」「(自分と違う異質なもので)気持ち悪い」といった感情が先行してしまっていた。

余談だが、子どもの頃「かたあし」といえば、キャンディ・キャンディの「スザナ・マーロウ」がすぐに頭に浮かんでいたのだが、「テリィ」との三角関係を子供心に「なんとかならないのか」と気をもんだものである。 ※私は「男」です。(笑)

今ネットで『かたあしだちょうのエルフ』を検索してみると、けっこうトラウマになったという人が多いらしい。たしかに、エルフのした行為とその後の周りの反応の変化を考えると、ある意味それ「こそ」が「自然」なのかもしれないが、免疫の無い子どもには衝撃が強いかもしれない。

自分はけっこう昔からマンガやアニメをよく見て育ったので、ある意味その手の耐性を、子どもの割に早くから得ておりトラウマにはならなかったようだ(どちらかと言うと「かたあし」の方がキツかった)。当時おそらく一番影響を受けていたであろう永井豪さんの作品には、その手の「周りの人間が自分(たち)の利益のために手のひらを取って返す」的なストーリーが多かったように思える。

原作のマンガだけに限らずアニメの脚本家の人も、子ども向けのものだからといって手を抜かず、大人向けの作品と同等に、時にはそれ以上の情熱を持って真剣に脚本を書いていた、というのを以前読んだことがある。子どもは手抜きや気持ちが伴っていないものをすぐに見抜く能力を持っている。

大人も能力自体は持っているんだけれども、「社会の常識」というものがわかってくると、自然に「そういったこともあるよね」とか「あの状況では仕方ない」などと誰に言われるともなく納得し、勝手にかばう傾向にある。

それは決して大人が子どもに比べて「悪い」とか「心が汚れている」、「純真無垢じゃない」とかではなく、ただ単に「厳しい」現実に直面し、それと何とか折り合いをつけて生きていくための術なのではないだろうか。

トラウマになった子どもたちは、「エルフ(自分を投影したもの)はいいことをしたのに、最初は感謝されても最後は忘れ去られる」ことに、「無情」や「不条理」「エゴ」を感じてやりきれなくなってしまう。そして、時に子どもたちのその感情は他の動物たちに対してへの「怒り」へと変わる。

今回改めて何度も読み直して確認した。エルフがそういった怒りの感情をみなに対して向けていたのか?

答えは否! エルフは「なみだ」を流したことはあっても、他の動物たちに対する不平不満、怒りや憎しみなどを「一度も口にしたことがないだけでなく、感じてもいない」のだ!

「助けてやったのに!」とか「誰のお陰で生きていられるんだ!」「オレの足がこんなになったのは誰のせいだ!」など、自分の行為に対して見返りを求めたり、自分の受けたケガの責任を誰かに押し付けたりなどしない。ただただ、みなを助けたい、みなが無事に生きていられることが嬉しい、のだ。

エルフの生き様は、仏教の「捨身」やキリスト教の「一粒の麦」を体現しているように思える。おのきさんはこれを子どもたちに伝えたかったのだろうか? 「無償の愛」、言うのは容易いが実行するのは難しい。それが簡単にはできないからこそ「人間」なのかもしれない。

「それ(無償の愛)を実行しなさい」、という教訓本ではないように思う。もしそれを押し付けるのであれば、それは見返りを求める行為であり、その時点でその行為自体が「無償の愛」ではなくなり自己矛盾になってしまう。

そうではなく、「無償の愛」というものは「起こりにくい」 →「有り難い」 →「ありがとう」 という感謝の心を持つことの大切さを伝えたかったのではないだろうか?  ※個人的な感想です。人によって受け止め方は違います。

 

『かたあしだちょうのエルフ』

文・絵: おのきがく
出版社: ポプラ社
発行日: 1970年10月

 

出版社からの内容紹介(一部)

○編集部より
アフリカの草原にたつ1本の木の写真からイメージされたという、動物たちの世界。そのなかに生きるエルフとなかまたちの物語が、うすい茶と黒を基調にした木版画で、生き生きと力強くえがかれ、ほんとうのやさしさとは何かをうったえかけてきます。刊行とともに多くの人の共感をよびました。

引用元:『絵本ナビ』

 

続きは『絵本ナビ』のサイトで確認できます。

 

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2 件のコメント

  • はじめまして。『かたあしだちょうのエルフ』私も子どもの頃に教科書に載っていて、ずっと心に残っていました。大人になってから絵本になっている事を知り購入しました。
    大人になって読んでみて、ストーリーは「そうそう、こんな話だった」と思ったのですが、絵はもっと鮮やかだった気がしてました。子どもの頃に受ける印象は大人とは違うんだな、と思ったものです。
    その後、なぜか自分の子に読んだことはなかったのですが、小学校の絵本を読む会(読みきかせ という言葉をなるべく使いたくないため)では「おばちゃんが子どもの頃に好きだったお話です」と言って、読んでいます。
    なぜ子どもの頃の私の心に残ったのか考えてみたところ、自己犠牲という言葉が浮かびました。私が子どもの頃、他に好きだったお話は『しあわせの王子』『泣いた赤鬼』『手袋を買いに』などで、どれも誰かのために…という内容です。
    今は絵本も楽しさ優先のものが多い気がして…楽しいのは もちろん大切ですし、子どもたちと一緒に楽しみたいと思っていますが、見返りを求めず誰かのために…というお話も併せて読んでいきたいと思っています。

    • はじめまして、みっちょさん。
      コメントありがとうございます。
      長らくサイトの更新をしておらず気づくのが遅れてしまいました。申し訳ありません。

      みっちょさんも心に残っていましたか。
      まさか自分もこの歳になってまでも覚え続けることになるとは思ってもいませんでした。
      ましてやそれを一般に公開することになるとは。(笑)

      「読み聞かせ」という言葉を使いたくないとのこと。
      自分は何も考えずに使っていましたが、言われてみればなるほどそう感じますね。

      「良い話を聞かせてあげる」という、どこか上から目線の考えで本を選ぶとたいてい「食いつき」が悪いです。

      「この話好きだったから聞いてもらいたいな」とか「これは喜びそうだな」という目線で選ぶとけっこう反応が良い感じです。

      今はコロナで中止が続いていますが、再開したらまた読んでみたいですね。

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